李登輝氏の発言に思う

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研修先で忙しくしており,久々の投稿になりますが,どうしても書いておきたかったので,書きました。

朝日新聞のオンライン版に掲載されていた記事ですが,日本に来日している台湾の李登輝前総統が9日,靖国神社を参拝したそうです。
「亡兄を鎮魂する個人的行為」として行ったそうです。これだけを見ると,何が問題なのか分からないかも知れませんが,最初に驚くのは,
彼はキリスト教徒である」と第一報で報道されている点です。まがりになりにもキリスト者である者が,
神社に「参拝」するということは,別にクリスチャンでなくても違和感を持つと思います。「彼は,一体何を信じているのだろう」と。

そして,これだけなら,まだ「彼自身の信仰の問題」で済むかも知れませんが,問題はその先に踏み込んだ発言をしていることです。彼は
「中国などからの靖国参拝批判に対して『日本の政治はあまりにも弱かったと信じている』と語った」そうです。もともと李氏は有数の親日家で,
かつ,台湾独立を志向する政治家として有名であり,政治的効果を狙った発言であることは間違いありません。しかし,ほんとうの問題は,
このような発言をする「理由」です。

彼は「靖国神社問題は中国大陸やコリア(朝鮮半島)で、自国内の問題の処理ができないため(批判をそらす狙いで)作り上げられた」
と述べて,「国のために亡くなった人への鎮魂を外国政府に批判される理由は何もない』と強調した。」
と言うのです。

つまり,「靖国問題は,
内政の失敗を外交で他国に責任転嫁するために不運にも利用された問題に過ぎない」といい,しかも,
「鎮魂は無批判に善である」という,世間一般で無意識のうちに「当然」
とされている前提
を持ち出しているわけです。

確かに,内政の失態を他国になすりつけてそらすこと自体は,歴史上,あらゆる国々が行っている手口です。
太平洋戦争中の日本やナチスドイツ,ベトナム戦争期やイラク戦争におけるアメリカなどなど。しかし,靖国問題は,
それらと同列に置くことは出来ません。

なぜなら,もしこれが成り立つのなら,同じ事はナチスについても言えてしまうからです。
「ナチスへの批判はユダヤ人ロビイストの当てこすりだから無視して良い」としたり,
「ヒトラーを礼賛することは鎮魂だから批判される筋合いはない」と言えてしまうのです。

我々日本人は,ドイツのネオナチがヒトラーに陶酔しているのを見て嫌悪感を持ちます。しかし,
同じような戦争犯罪人が祀られている靖国神社で政治家が参拝しているのを見ても,「おかしさ」を感じないのです。それは,
矛盾ではないでしょうか。しかも,ドイツは国を挙げて反省しているのに,日本人は同じことが出来ないでいます。
過去の罪を認めることができない政治家や国民に未来がないことは,世界史が証明しています

「鎮魂」は,万能パスポートなどでは,決してありません。世間で,
まるで水戸黄門の印籠のように振りかざされる「鎮魂のためだ」という方便。クリスチャンでさえ,
慰霊や鎮魂という概念を,あまり深く考えることもなく無批判に受けれてしまっている現状を,もう一度考え直さなくてはならないと思います。

そのきっかけとして,「キリスト教徒」李登輝氏の発言は,まことに良い題材であったと言えるのではないでしょうか。

コメント

  1. 菅原豊 より:

     遅くなりましたが、前の日記読みました。いいですね。うちも今は
    ミラに乗ってますが、やはり、スバルの軽は走りがいいんでしょうか?
     ポプラは田舎専門のコンビニのようです。香川にもたくさんあります。弁当のごはんを自分のところで炊いているのがウリのようです。(炊きたてを詰めてくれる)
     李登輝さんは、小林よしのりのマンガの中でも登場していましたね。
    敬虔なクリスチャンとして大絶賛されていましたよ。
     私としては、今回のことは予想されたことですが…。でも、いわゆる
    参拝はしたんでしょうか?ある報道では訪問としか書いていませんでしたが…でも、影響力を考えれば大した差はないでしょうね。
     私も、基本的にはカドッチさん感じている問題意識を感じていますが、最近は、少し、ニュートラルにいろんな物事を見直そうと考えてます。日本の問題も大きいですが、中韓の抱えている問題も大きいと感じているからです。自虐史観を肯定するつもりはありませんが、相手のいうことをそのまま受け止めていいのか?とは考えています。同じ人間、罪人ですから、自国中心でいろんなことを考えていることは確かだと思うから…その上で、日本としてどうするのか?本当の友好・平和を築くにはどうしたらよいのか?と考えます。答えはでないんですが?
     ナチスがタブー視されているのも、冷静に考えれば、いろんな問題を孕んでいると思います。ナチスが確かに史上まれに見る悪を行ったのは事実だとして、連合国側に何の罪もないのか?アメリカやイギリスは大虐殺を行っていないのか?と考えると…やはり、歴史は勝者こそ正義だという考えが拭いきれないと思わずにはいられないんですが?
     ちょっと、危険かな?もちろん、ナチスを肯定するつもりはありませんよ。
     広島滞在もあと少しですね。
     その間に会えたらいいんですが。難しいですかね?
     それでは、どこかで。

  2. J.aoyama より:

    今の日本の右傾化と、それに対する危機感のなさ・認識の甘さを考えると、
    強調すべきは日本の戦前・戦中の罪を認めることと思います。
    中国・韓国がどう言うかということに関わらず。
    >日本としてどうするのか?
    これは、個人の問題と同じと思います。
    周りがどう言うか、評価するかではなく、自分は罪を犯したのかどうか。
    自分の罪を認めず、悔い改めもしないなら、個人も日本も再び罪を繰り返すだけ、と思います。

  3. Y.Sugahara より:

    J.Aさん,すごく、はっきりした意見を持っておられることに感心しました。おそらく、良心的な福音派クリスチャンの方々の意見を代弁しておられると思います。
     ただ、私は、「右傾化」という言い方があまり好きではありません。「右傾化」といいますが、では、以前はそうではなかったのか?以前は理想的な状況だったのか?教育問題でも、基本法改正は右傾化、改悪だと言いたくなる状況は理解できますが、では、以前はそんなに理想的な教育がなされていたのか?私は必ずしもそうではない、以前からずっと、問題はあったのだと思います。そして、国という存在自体がが本来的にナショナリズムとは無縁ではないと思います。
     何が言いたいかといますと、仮に日本に天皇制や自衛隊をも否定して戦争責任を全面的に認める政権が仮に誕生しても、それで、問題が解決するわけではない。そこには、国家という存在の持っている危険性は有り続けると思います。
     そこにこそ、天に国籍を持つクリスチャンの存在の意義があると思っているのですが…。
     すっきりとした意見が言えなくてすみません。
       

  4. J.aoyama より:

    聖公会やカトリックの人たち、またプロテスタントで処女降誕を否定するリベラルの人と最近話しましたが、今の日本の「右傾化」ということに関しては一致して会話することが出来ました。
    なので、「福音派」「保守派」に関わらないかも知れません。
    >以前はそうではなかったのか?
    例えば君が代伴奏拒否の裁判で、以前の基本法によって強制が違法であるとの判決が下りましたが、改正基本法によって、反対に従わなければ処罰されるように変更されてしまいました。
    基本法に限らず、法によってとどめられていた・守られていたところが崩され、一気に右傾化が進む、戦前に逆行する、していることを懸念します。
    JEA社会委員会が発行した小冊子に、与党の提出した憲法改正案にどのような問題があるのかが明確に載っていて、参考になります。