靖国問題を考える(1)

この記事は約4分で読めます。

昨日は終戦記念日でした。この日になると、俄然メディアの中心事となるのが、政治家の靖国神社への参拝問題です。現政権の閣僚は全員が参拝を控えたのに対して、以下のニュースが。

自民 谷垣総裁ら靖国神社参拝 NHKニュース

谷垣総裁は、某ブログで、あの石破茂議員と共に、「クリスチャン議員」と紹介された人です。 その「キリスト者」谷垣氏の、靖国参拝。 これを「形式上のもの」と片付けるわけにはいきません。なぜなら、冒頭のNHKニュースにあるように、本殿にまで上がったことが書かれているからです。 その意味するところは礼拝行為であり、本人もそれと知っていて行ったということです。

私は、このような人物を「クリスチャン」と呼ぶことには、非常に強い抵抗を感じざるを得ません。 谷垣氏とはお会いしたこともなく、その信仰の内実も知るよしもないのですが、少なくとも、「私たちとは異なる『信仰』をお持ちのようだ」とは断言できるかと思います。 一体どうしたら、キリスト信仰と神社への参拝を両立できるのか。 そこに矛盾や良心の呵責を感じること無くこんなことができてしまうのか。 私にはとても考えられないことです。

恐らく氏は、政治的右派勢力におもねる形で、「パフォーマンス」として参拝を行ったのだと推察できます。8月15日に参拝すると言うことは、そういうことだと思います。 彼が日常的に神社に参拝しているかといえばそうではないはず。(少なくとも「クリスチャン」と呼ばれているのですから)。年に数回、メディアの集まる特定の日を選んで参拝するだけなのかもしれません。 もしそうであるなら、なおさらのこと、その通底にあるのは「自分を見つめる人々の目」であって、「慰霊」などではないことが明確でしょう。

常々私は不思議に思うのですが、靖国支持派の人々は、年に数回、形式的に参拝してもらうことに、なぜそれほど価値を見いだすのか、ということです。彼らの主張通りに、そこに「英霊」が眠っているとしたら、私がもし「英霊」の立場であるとすれば、日常的に、それこそ毎週、毎日のように来てくれた方が、よほど嬉しいはずではないでしょうか。 一年の大部分は忘れ去っているのに、8月が近づくと「そういえば忘れてたけど、とりあえず来たよ」と現れる。 しかも、現場にいる時間はせいぜい10分程度。 そして15日が終わると綺麗サッパリ忘れる。 それでもいいんですか? と思うのです。 本当に「慰霊」とやらが重要であるなら、じっくりと向き合い、隣の 遊就館 にも足を運び、じっくりとその日を過ごすべきではありませんか。

ところが、そんな人など皆無です。 黒塗りの高級車で乗り付け、仰々しいモーニングを身にまとい、一般参列者を尻目にVIP待遇で本殿に入り、記帳・拝礼をし、玉串料を捧げ、すぐにその場を後にする。 所要時間5分。 それが、「慰霊」ですか? それが「礼拝」ですか・・?

私は、このような光景を見るたびに、つくづく日本人というものは、「形式しか見ていない」民族だと痛感させられます。 信仰というものは、外側ではなく内側が問われるものです。 内側が新しくされることなしに、外側をいくら取り繕っても、何の意味もありません。

・・にもかかわらず、今も昔も、相も変わらず日本各地で繰り広げられるのは、「パフォーマンスとしての信仰」です。 元旦の初詣。 お盆の法事。 結婚式はチャペル。 そして8月15日は神社へ。 それぞれの行事は、その意味するところも、またその礼拝の対象も、何もかも根本的に異なるものです。 ところが日本人はそんなことなど露も考えず、自分のしていることに矛盾を感じない。 つくづく、「考えることをしない民族だな」と思わされるのです。そして、冒頭の谷垣総裁のように、「クリスチャン」にも、その影響は色濃く根付いてしまっている。 情けない限りです。

聖書が教えるところは明らかです。 バビロンの王ネブカデネザルに捕らえられたダニエルほか4人の若者達は、王を拝むことを拒んだ結果、火刑に処すと脅迫されました。 その時の彼らの言葉は印象的です。

「もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」(ダニエル書3:17~18)

拝礼しなければ殺す、と言われた彼らでさえ、このような勇気をしめしているのです。 今の日本のどこにこのような事例があるでしょう。 何の身の危険もない現在の日本で、キリスト者達が、自分から妥協をしている姿を見るのは、本当に心が痛みます。

願わくば、真の意味で、この国のキリスト者達が「地の塩、世の光」として証しをたてることができますように。

【追記】
某ブログで、カトリック信者で靖国参拝呼びかけている人がいる ことを知りました。 開いた口がふさがらないとはこのことです。

コメント

  1. 喜友名恵嗣 より:

    心からの礼拝を自分はしているかと自己吟味させられる考察でした。
    自民党は軍隊の設立をマニフェストとして打ち出したので、谷垣さんは党の代表者として行動したと私は理解しています。

  2. 喜友名恵嗣 より:

    訂正 マニフェストではなく7月7日に発表した『憲法改正要綱』から、自民党は軍隊の設立を党の方針としていると考えています